画像で見る<通天閣>の原風景



「新世界・通天閣」



浪速のシンボル「通天閣」

 通天閣は、大阪府大阪市浪速区にある新世界界隈の中心部に建つ展望塔である。2007(平成19)年5月15日に、国の登録有形文化財となりました。初代通天閣は、1912(明治45=大正元)年に「ルナパーク」という遊園地内に完成しています。しかし、1920(大正9)年、通天閣の入場客の減少で土地会社は売却も検討しましたが、広告を取り付けて収支を改善することに決定しました。これは当時日本最大規模の広告で「ライオンはみがき」の文字が夜空に浮かびあがりました。当時は「ライオン塔」とも呼ばれたそうです。他に「またずにのれる阪神電車」という広告も取り付けられました。

 5階の展望台には、足の裏を撫でると幸運が訪れるという言い伝えがある幸運の神様「ビリケン」の像が安置されています。これは新世界にかつて存在していた遊園地である「ルナパーク」が開業した、1912(明治45)年当時、世界的に流行していたビリケンの像をルナパーク内に作られたビリケン堂に安置したのが始まりである。1923(大正12)年にルナパークが閉園した時期を境に像の行方がわからなくなっていましたが、1979(昭和54)年、通天閣の3階に「通天閣ふれあい広場」が作られたのを機に復元されました。また毎年末には、干支の引き継ぎ式、というイベントが執り行われています


初代・通天閣(1912年) 
 この「初代通天閣」も、昭和18(1943)年2月13日には空襲の標的にされるという理由と、武器製造のための鉄材確保に供出されるため解体が始まりました。左の写真は、解体が開始されてから2ヵ月後の無残な姿です。解体された鉄材は、主に明石の海岸に運ばれましたが、ほとんど使われないままに終戦を迎えたため、長くその無残な姿をさらけ出していたと伝えられています。  


通天閣のある風景
 

 


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