雨 や ど り
 平成11(1999)年・正月休みのある日、いつもの阪和線百舌鳥駅前・居酒屋「ふく」の初仕事に顔を出しました。その年の景気の上向きを暗示するかのように、常連客で賑わっていました。昨年の忘年会だった29日以降、この年末年始にかけてほとんどアルコール分を摂取していませんでした。そのためか、いつもよりメートルの上がるのが速く感じられました。店が一段落したところで、マスターが楠和尚に電話をしてくれましたが、正月早々風邪をひいて寝込んでいるとのことでした。こんな大事なときに風邪をひくということは、本人の責任感と緊張感が足らないからだ!と、何とかいう横綱審議会の会長さんが怒っていたのが分かるような気がしました(笑)。

 そんなわけで、2時間ほど飲んでいて帰ることにしました。まだ自転車に乗れる程度の酔い具合でした。家路を急いでいると、ポツリポツリと冷たい雨が落ちてきました。躊躇しながら思い切って、あるスナックに入ることにしました。この店に入るのは二度目、いやっ正確には初めてでした。この店の前はよく通っているし、この2年ほど前に一度入ろうとして果たせないままになっています。雨やどりだけなら他にいくらでも雨をしのげる所はありました。しかし、この店「豆狸」には、少なからず興味を持っていました。

 とにもかくにも、はじめて入る店だったので幾分緊張しながらドアを開けてみました。中は10数人は座れるカウンターとテーブル席が四カ所ほどといった、いわゆる普通の造りの店でした。入るなりキョロキョロしている私に「いらっしゃい、どうぞこちらへ」とママに声をかけられました。カウンターのど真ん中に腰を下ろしたものの、落ち着かなかったのは、まだ8時だというのに客は私一人だけだったからです。のっけからママと、いわゆる差し向かい状態になってしまいました。

 酔いも手伝ってか、初めての客にしては図々しく「まぁゆっくり飲みましょうか」などといって二人で飲み始めました。飲むほどに酔うほどに歌ったり、初対面の私に子供の頃の話などいろんな話を聞かせてくれました。そんな気さくな感じのママでしたが、気が向かなかったら予告なく1ヵ月ほど店を閉めることもあると言っていました。そんな中で、時計に目をやると12時少し前でした。「ここは12時までと表に出ていたけど、もうそろそろ時間ですよ」といっても「まだいいですよ」といいます。なかなか話し好きな良い感じのママでした。未だに浮気性の直らない同級生とは、うまくいっていないのだろうか、ふとそんな気がしました。結構楽しかったもののキリがなく、12時半になって帰ろうとしましたが、ドアの外は雨まじりでした。襟を立てて出ようとしましたが、ちょっと待ってて下さい、といいながら傘を出してくれました。

 実はこのママは小学校、中学校の同級生の奥さんで、電話では同窓会の件で何度か話したことがあります。そして2年前に、その同級生達何人かで来たことがありますが、先に入った同級生が、続いて入ってきた亭主と共ににママに追い返されてしまったという苦い経験がありました。結局、その時私はタクシーの運転手さんにお釣りをもらっていたりして遅れてしまいました。そんなわけで、私は結局入れなかったので、ママとは顔を合わせていませんでした。しかし、この日はそんなことには一切触れず、4時間ほど楽しく過ごすことが出来ました。正月早々、いい雨やどりになりました。借りた傘は、翌朝そっと店の前に立てかけて置きました。その後、二度とその店に行くことはありませんでした。そんなことがあってから2、3年後、前を通りかかったときには、いつの間にやら店の名前が変わっていました。




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